さちみんブログ

漫画家さちみりほのつれづれ日記。

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話題としてはもう古いかも知れませんが

大分の教員採用問題、正直本当に驚きました。
そう言う事、訴えていいんだと言う事実に。
ニュースになるんだということ事態に。

私が教員採用試験を受けてた当時の和歌山では、
(確か宇治田市長の頃ですが)小学校なら600万、
中学なら400万という金額が、和歌山で正採用されるためには
必要だと普通に言われてましたし、成績優秀で教職に燃え、
必死に勉強していた学生より、教育委員の娘さんや、県庁に
お勤めの親を持つ子、所謂公務員やそれらにコネのある人から
合格し、採用されて行くのは本当に当たり前の事でした。

教員に限らず、市役所、県庁、地方公務員採用試験はほぼ全て
コネ採用で、試験は形式だけのものに過ぎませんでした。
私の身内に一人、市役所勤めの者がいますが、やはり初めは落ちて
ばかりだったため、バイトで入り、その仕事ぶりで上司や周囲の
信頼を得、何年もかけていわば自力でコネを築いて採用されたそうです。

和歌山の上層部に全くコネがなく、小学校教員採用試験に落ちた
私は、わずかな望みを賭けて、大阪堺市の産休臨時講師に雇って
もらいながら、翌年大阪府の採用試験を受ける訳ですが
(それも今度は競争率の少ない美術教師狙いで)やはり不合格、
産休、育休講師を続けながら、先の見えない採用制度の不安と、
何より半年ごとに来る子供たちとの別れのつらさに耐え切れず、
上京してコネ制度の全くないであろう漫画家を目指すことになる
のですが。

実際、私よりもっと教師という職業を愛し、子供たちを愛している
先生達は、何年も何年も、休みの度にお給料を切られる臨時講師を
続けながら、何度も何度も教採に挑戦し続けているはずです。
恐らく今も。

私の赴任した小学校にも、小学校教員免許を持っていない先生
がいて(やはりお父さんがどこかの校長先生だとの事でした)
正教員をされていました。
恐らく教育学部以外の出身で、中学免許2級しか持って
いなかったのでしょう。
そういう人は担任は出来ないので、高学年の音楽や家庭科など
専門教科を担任外として受け持つ訳です。
私も一度担外の先生の産休代理をした事がありますが、すごく
楽でした。授業参観の日とか職員室でぼ~っとしてればいいし、
遠足も担任の先生の補助だし、家庭訪問もしなくてよければ 
学級運営に悩む必要もない訳ですし。
本来なら小学校教員免許を持つ先生達の中から、たまに誰かが
担任から外れて担当する担任外という役割を、その先生は免許が
ないためにずっと担当し続けられるのです。
私は小学校一級、中学国語一級と美術二級、高校国語二級の
4種類の免許を持ちながら、1年半で三校を転々としていました。

授業の合間に職員室で、大阪教員採用問題を広げていたところ
この先生に「あら、あなた今年は大阪で受けるの?」と聞かれた
ことがあります。
和歌山はコネが厳しいからとも言えず、「大阪の方が二次試験が
なくて楽なので」と応えると、「馬鹿ね、採用試験は全国どこでも
問題は一緒よ」と言われた事を思い出します。
すぐに他の先生が訂正してくれましたが、この私より十近くも
年上の先生は、教員採用試験問題が都道府県によって違うこと
すら知らなかったのです。

免許の数や偏差値を自慢する前に、教師に必要なのは人間性だと
言う意見もあるでしょう。
でも人間性の前に、国立の教育学部という徹底した機関で4年間
「教育」だけを叩き込まれた私達は、子供の誉め方、叱り方、伸ばし方、
全てを本能のように身につけさせられたエキスパートです。

それがどれほどのものかは、私がたった半年だけ担任した子供達が、
今もプチ同窓会を開いてくれる教え子達が(それにくっついて来て
下さるお母さん達が)何より証明してくれています。
私の教えた子に、人の痛みのわからない子は一人もいません。
いじめっ子だった子も、いじめられっ子だった子も、その後不幸な
人生を歩んだ子は一人もなく、「先生に会うたあの日から、ずっと人生
楽しなったわ」と言ってくれる教え子達は、何よりの私の勲章です。

結局正採用されなかったがために、今こうして漫画家をやっている
訳ですが。
そう、思えば私は「漫画家になれなかったら教師にでもなろう」と言う
いい加減な気持ちで教育学部に進み、教師に目覚め、「教師になれ
なかったから漫画家になった」変り種だったのだと思います。

長々と自慢話を書いてしまいましたが、今回の大分の事件発覚は、
教師を目指す皆さんにとって、何よりの良いニュースだと思います。
もうあの頃の私達のように、理不尽な力に泣かされることなく、全力で
勉強した結果だけで夢を叶えることが出来るのですから。
そう思うと、今世間では「嫌な時代だ」「日本はどんどん悪くなった」と
言われてますが、私には、少しずつどんどん良い方向に向かっている
ように思えてなりません。ただ昔のつらさを皆が忘れているだけで。

教員時代の、忘れられない思い出の一つにこんなのがあります。
私の鞄から採用試験の問題集を見つけたやんちゃくれI君。
「それ何?」と聞かれ
「先生がホントの先生になるための勉強してるんよ」
と答えた時のI君の言葉。
「それに受かったら先生、2学期もずっとおってくれるん?」
  I君、1学期しかおれんかってごめんな。
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| その他つれづれ | 02:20 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ひえぇえぇ

長いこと日記の更新サボってたら荒れて果て果て放題に…
御免なさい~(><)世間の皆さまどうやって毎日のように
更新してるの  なんで皆そんなにマメなの~!
  いや私がパソ不精なだけです  はい…

6月の関西帰る前後辺りからすっかり抜け落ちてますね。
大阪ではシティで関西の皆様にお会い出来たり、すっかり
大人になった元教え子達がまたまたプチ同窓会vを開いて
くれたりと色々感動的なこと満載だったのですが、帰京後
それに酔いしれる間もなくロマンスティアラ エジプトもの
第2弾の締切りに追われ、何とか片付けた7月頭より、
1日たりとも休む間もなくハーレクイン秋の増刊号の巻頭カラー
125枚に追いかけられ捲くってる今現在でございます。
あああ あっと言う間に私の一ヶ月半を語り終えてしまった…

実は早くお知らせしたいこともあったのですが
去る6月3日にスウェーデン大使館に彼の国の漫画家さん達が
多数来日され、日本の漫画家さんとの交流を図ろうと言う
親睦会に行って来まして、それもそれで中々滅多に見られない
北欧マンガの世界が垣間見れて大変面白かったのですが、
その時お誘いした魔夜峰央先生が、「ほんとにあった笑える話」
(秋田書店 7月8日発売?)のエッセイにその事を描かれて、
私もちょこっとだけですが登場させてもらってて…(^.^;)

そうなんです!あの魔夜先生の作品に出させてもらったんです
あたくし! すみません ただの自慢です…
いや簡単な顔なんでさぞかし描き易かったと思うのですが。
超美人の奥様は後姿ばかりだったし…何故か…
しかも掲載前から「こんなんだよ~」と恐れ多くもコピーまで
いただいてしまい、その前に先生がチュチュ着て踊ってらっしゃる
DVDまでいただいてしまい家宝が増える増える…v

本屋さんで見かけたらぜひ見てやって下さいね。もう遅いかな。
せっかく日記に書いていいよと快くOK下さったのに
先生御免なさい。(><)魔夜先生ファンの皆様もごめんなさい。
この夏はもう少しマメに更新するよう深く反省して頑張ります。
ああでもパソコンに向かうのが暑いの…。皆さん一体どんな対策を…
いい方法があったら教えてくださいdす~(←全然反省してなさげな
文面ですがそんな事ないのよ~ホントよ~御免なさい~)

| その他つれづれ | 00:12 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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